女人禁制について思い出した幼い頃の話。

最近話題の“女人禁制”の話。

相撲の歴史や文化について詳しい訳でもないので、何か述べる権利が私にあるのかと言えば、まぁないでしょう、という答えに行き着く。

だから、何か意見したい訳ではなく、なんとなく考えを巡らせていたことを整理したくなった、それだけ。




私の地元には、町毎のチームで御神輿を担いで水を浴びながら街を走り、タイムを競うという夏のお祭りがある。

小学校高学年以上の男性が参加するそのお祭りは、全速力で走る御神輿に巻き込まれ怪我をする人もいるような激しいもので、その危険性からなのか伝統的に女性には参加資格がない。

子ども向けには、脚にローラーの付いた小さな御神輿を牽いて「わっしょい わっしょい」と大人の真似事のように街を練り歩くお祭りも存在していて。

そこでは男女に区別はなく、私もそのお祭りが大好きで、毎年楽しく参加していた。

幼い頃の記憶としてかなり濃く残っている。



そういえば、と今回の話題について考えるにあたり思い出したのだけれど。

私が小学校低学年くらいまでは御神輿に上れるのは男の子だけという決まりがあった。

それもいつからか、伝統を重んじるお年寄りの声の小さい地区からなくなっていき、私が高学年になった頃には女の子も御神輿の上に凛々しく立つようになっていた。

そういう時代の過渡期だったのかな、と思う。



まぁ、そんなこんなで大好きだったお祭りも、小学校の卒業に伴い、自分が女性だから、という理由で参加資格を失うことになる。

子どもながらに感じた少しの不公平感について、女人禁制に何の意味があるのかと父親に疑問をぶつけた。

その時父親が聞かせてくれた話を今でも覚えている。



例えば、女性の神様がいると信じられている山なんかには、女人禁制とされている場所もある。

女神様が女性が近付くことを嫌がるのだと。

そんな山の鉱山やトンネル工事で命を懸けて働いている男性たちにとって、女人禁制という古くからの言い伝えを信じ験を担ぐことは、外野から想像もできないほど重要な意味を持つことなのかもしれない。

そこに、頂上からの綺麗な景色がみたいから、という理由で男女平等を謳って女性が入っていくとすると、それをどう思うか、と。



そんな話を聞かされた記憶。

それが父親の例え話だったのか、実際にあった話なのか、その辺りは分からない。

見方によっては、男性側からの偏った話かもしれない。

そして、その話をすることで、父親が私に何を伝えたかったのかも自分で想像するしかないし、どう考えるべきだという答えを押し付けるようなことはしない父親だったけれど。

物事の背景や自分とは違う立場の意見を想像した時に、女性の権利、男女平等、そういったものだけを強く主張して、踏み込んでいくことにどれほど意味があるのか。

強く主張するだけの意味を示せるのか。

そういったことを、冷静に客観的に判断し示す力を伴って主張するべきなのではないかと。

今の私はそんな解釈をする。



男女間だけでなく、世の中には取り払うべき壁はきっとたくさん存在する。

ただ、平等であることが目的とされることには、ほんの少しの違和感がある。

些細なことで言うと、男女平等だからと言って女性が男性と同じ重さの荷物を持てる訳ではない。

体力面、機能面、差別ではなく区別すべき差異は間違いなく存在する。

全てをフラットにすることが正解ではないと思うし、実際社会はそこを目指している訳ではない。



段々と話が逸れつつあって、収拾がつかなくなってきているので、強制終了しようと思う。

結局のところ、今回の話題について毎朝毎朝、朝の情報番組で繰り返し聞かされ、私が思ってしまったことは。

「人命救助の優先度」と「女性市長が土俵の外からスピーチをすること」は全く違う論点の話であって、全て“男女平等”という同じ話として括って主張するのは違うのではないか、ということ。

無関係なピースを無理矢理掻き集めてひとつの主張とすることには、どことなく不快感を覚える。




真面目な話について、紙とペンも使わずにスマホでぽちぽちと長く綴るのはなかなか難しいな。

普段SNSなどでは、あまり時事ネタのようなことには言及しないようにしているのだけれど。

思い出話も交え、たまには、と少し話してみたくなった。

人の考えも環境や時と共に変わっていくものだから、これは今の私が巡らせた思考。

数年後に読み返した時に自分はどう思うのだろう、と考えたりするのも、思考を文章に残す楽しみかもしれない。

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